宝厳寺

時宗開祖一遍上人の生誕地

かつて正岡子規と夏目漱石が共に参詣したこともある宝厳寺は一遍上人の生誕地であり、現在では愛媛県指定史跡になっています

宝厳寺は、天智天皇4年(665年)、越智守興が誓願院として建立し、当時は豊国山遍照院と号していました。本尊は阿弥陀如来。寺伝によると、はじめは法相宗でしたが、のちに天台宗となったそうです。

一遍上人は、延応元年(1239年)伊予の豪族・河野通広(如仙)の二男として生まれ、当時は貴族のものとされていた仏教を庶民に普及するため念仏踊りで全国を遊行したことで知られています。

元弘4年(1334年)得能通綱が総門脇に「一遍上人御誕生」旧跡碑を建立し、寺領を寄進して本寺と塔頭十二院を有する大寺となっていましたが、江戸時代末期までに塔頭はほぼ衰退し、総門もなくなり、その脇にあった旧跡碑は今では山門前に移されています。

 

在りし日の宝厳寺
在りし日の宝厳寺

平成25年8月10日、火災により本堂と庫裏が全焼し、所蔵されていた国の重要文化財である木造一遍上人立像が焼失しましたが、全国から寄付が集まり、平成28年5月に本堂、一遍上人堂、庫裏共に完成し、5月14日に落慶法要を行いました。

本堂は一遍上人が活躍した鎌倉時代中期を想定して古川禎一氏が設計。建物は武士の時代を反映して、力強いものとなっています。

境内には一遍上人堂があり、中には一遍上人像、一遍聖絵が納められています。(入場無料)


宝厳寺 所在地

〒790-0837 愛媛県松山市道後湯月町5−4

一遍上人修行地(窪寺)レポート

一遍上人は文永8年(1271年)33才の秋、ここ窪寺の地に閑室を構え3年間勤行し、「衆生(命ある者)が念仏すれば、仏とともに行きながら極楽往生できると言う、法門(悟りに達する門)に達した場所で、現在では、写真の石碑が残っています。

窪寺跡地周辺に群生する曼珠沙華(1)

窪寺跡地周辺に群生する曼珠沙華

松山市窪野町の在する一遍上人修行地『窪寺跡地』

窪寺跡地周辺に群生する曼珠沙華

松山市窪野町の在する一遍上人修行地『窪寺跡地』

松山市窪野町の在する一遍上人修行地

窪寺跡地


一遍上人が修行した 第45番札所 海岸山 岩屋寺

四国八十八ヶ所の第45番札所。一遍上人が弘法大師のあとをしたって参龍した。

〒791-1511 愛媛県上浮穴郡 久万高原町七鳥1468


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